名称 一死、大罪を謝す : 陸軍大臣阿南惟幾
索引号 K313.45/J9043
分类号 K313.45
K313.45(第一次世界大战后至侵华战争前(1918-1937年))
K313.4(近代史(1868年-))
K313(日本)
K31(东亚)
K3(亚洲史)
K(历史、地理)
作者 角田房子、
出版社 東京 : 新潮社, 1983.7
ISBN 4101308012
页数 478p,図版[1]枚 : 肖像 ; 15cm
价格 440円
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简介
注解 阿南惟幾の肖像あり 付図あり 主要参考文献·引用文献: p[469]-[471]
作者简介

角田 房子(つのだ ふさこ、女性、1914年12月5日 - )は、日本の作家。
東京府生まれ。福岡女学院専攻科卒業後、ソルボンヌ大学へ留学。第二次世界大戦勃発により帰国し、戦後に夫の転勤に伴って再度渡仏。1960年代より執筆活動を開始。精力的な取材と綿密な検証に基づくノンフィクション文学を数多く手掛ける。
日本人のあるべき姿を追い求め、歴史への問いかけを続けている。明治以降の苦難の時代を生き抜いた日本人と、日本人の遺したものに関する作品が多い。平和な時代に生きる日本人に、日本人としてのアイデンティティーを強く意識させるものとなっている。

书籍简介

80年刊行。
昭和20年4月、鈴木内閣で陸相に就任して以来、一貫して継戦を主張し続け、8月14日、最後の御前会議の場においても、あくまで継戦を主張した阿南陸相。しかしこれは彼の本心ではなく「腹芸」だった、とする説がある。
その頃の日本は、もはや勝つ見込みなどどこにもなかった。まともに考えれば採るべき道はポツダム宣言の受諾しかないが、内地と外地合わせて550万人の将兵を保有する日本陸軍が最後の一戦を闘わずして降伏するなど納得するわけがなかった。たとえ政府が降伏を認めたとしても、各地で陸軍が叛乱し、勝手に継戦するか、クーデターが発生する危険が高かった。今から考えると馬鹿げたようなことが当り前の時代があったのだ。
そんなころに陸を代表する任に就いた阿南大将。その経歴は平凡で、陸大入試は3度失敗し、戦地においても華々しい戦果などなく、どちらかというと負けが多くて、はっきり言って戦下手という評価も受けている。それでいて上からも下からも信任が厚かった、というのは逆に言えば余程の「人物」だったのではないだろうか。
昭和20年8月15日朝、見事に自決を遂げた陸相・阿南惟幾。玉音放送に先駆けたその自決こそが各地陸軍の暴走を食い止めた、そういう意見もある。そしてそれまでの愚直なまでの強硬論も実は陸の暴走を抑えるためのポーズだった、という見方もできる。それらの真実は別として、あの混乱の時代にそういう人物がいたことを日本の国民は知っておくべきではないだろうか。こういう人こそ、たとえ名前だけでも教科書に載るべきでは、と私は思う。